ぢんぢんぢんぢん

  • 2017.02.25 Saturday
  • 23:25
■2.25.土

今年もそろそろと思ってたらやっぱり咲いてた…

ぢんぢんぢんぢん 沈丁花、
その花言葉は「不滅」だよ。

部屋で夜中に豆電球点けるみたいについてるラジオ深夜便で、その日の誕生日の花を紹介する一節があり、沈丁花が誕生日の花の時が最近あったのを思い出したので、ラジオ深夜便のページの「誕生日の花と花ことば」を開いてみたのだった。


■2.24.金

布団の中で蓮ちゃんが、きゅいん と手を伸ばす。
その手の先の柔らかい丸みがいい。

まっすぐ伸びたその先の丸み と言えば、

久しぶりにSゼリヤに行くと、ガーリックトーストに手に持てる袋がついている。粋な計らいだな。
んだにゃあ。

小さい秋

  • 2015.11.09 Monday
  • 18:00
キキィー、
雨で今日の現場が中止だと聞き、
ブレーキを握り引き返し、坂を下りる。
ふっと心のすき間に差す色。

紅葉だな。

あゝ紅葉だよ。

これはサクラだよ。

頭の中でずっと小さく歌が鳴る。
小さい秋、小さい秋…
そうだ。小さい秋を見つけに行こう。

小さい秋、

小さい秋、

小さい秋、

見つけた。



小さい秋、

小さい秋、

小さい秋、


見つけた。

歌の続きだが、
目隠しオニさん手の鳴る方へ、
であるが、なぜか
目隠しおじさん手の鳴る方へ、
と、自分で鼻歌してしまい、おかしかった。

甑岩神社に行った。
意外にも初めて。岩の周りをゆっくり歩いた。

満池谷。
中学校の頃、毎日通った路でもある。

二テコ池。
少年時代はここに不思議な雰囲気を感じてた。静かで、遠いところへ来たような気がしてた。
だからだろうか、この辺りの道のりがよく夢に出てくる。

池のほとりにサクラの木が並んでる。この場所は「ほたるの墓」で節子が最期を迎えた住処のモデルでもある。

池のそばに松下幸之助の大邸宅があったのを、すっかり忘れていたが思い出した。


なぜだかほっとする、と同時、時間がとまったような気持ちになる場所である。






遠くから

  • 2015.10.22 Thursday
  • 02:25
遠くから、そしてだんだんと話し声がする。蓮ちゃんが点けたラジオからの声だった。いつの間にか眠ってた。
フランス語の歌が流れてる。
このまま風呂入って続きを聴こうか。やさしいシャンソン、頭にシャンプー。

目が悪いせいか流れ星を見るのは下手くそだ。裏庭から見上げてたら去年、石清水の舞台の上に見えたオリオン座を思い出した。星空は過去にも未来にもつながるようだな。

シャバよさらば

  • 2015.08.28 Friday
  • 23:55
毎年、珊瑚樹の実が赤くなり始める頃、シャバとおさらばさせてもらい公演に専念する。
今年は去年よりもひと月くらい早いが、もう珊瑚樹の実は成っている。


休憩してた路肩から何気無くカーブミラーを見上げる。隣り合わせた一緒に働く人たちが鏡の中にいる。



最後の弁当のおかずはネタ切れして冷凍してたたこ焼きだった。
先輩のSさんが、おかずをお裾分けしてくれた。

酢だこだった。
蛸はやっぱりいい。



明日から現場、小屋入りである。
去年と一昨年と荷物運搬で協力してくれた方が今年は足りない道具を貸してくれた。

有り難い。

明日から、踏ん張っていこう。



ほんまやな~

  • 2015.08.21 Friday
  • 10:40
フランクフルトみたいやな

ほんまやな~

メトロン星人みたいやな

ほんまやな~

夜中に黒い蝶が迷いこんだ
これがほんまの蝶ネクタイやな

ほんまやな~

靴がボロボロやな

ほんまやな~

黄色いおしろい花もあるんやな

ほんまやな~

幼稚園の柵
汽車やな

ほんまやな~

この前二三日ほど迷い猫が台所に来てたが蓮ちゃんの小さい頃みたい


ほんまやな~

六月、水無月 ちりりんりん。

  • 2015.07.01 Wednesday
  • 11:57
■朝
、台所に立つと何かが鼻に止まった。
ぶーんと鼻先から飛び立ったのは、黒々した丸こいフォルムのクマンバチであった。
ビックリした。目が覚めた。

■水
の無い月と書いて水無月。
今年は水(雨)のたくさん有る月だった。

六月六日にUFOが
あっちいってこっちいって落っこちない

■薄い色
から濃い色への艶やかなグラデーション、きめ細やかに形成す花、紫陽花。
六月中ずっと咲いていた。
毎日、あいさつするようにそばを通った。



違った。↑これはたこ焼きである。

ところでこの時期、昔はよく見かけたカタツムリは、いま何処に居るのか。
子供の頃はよく見かけて観察したのに…。

■知らない
町の 知らない川べり、知らない人 とすれ違う。



知らない町角、そーっと曲がれば、貴婦人のような 知らない猫 が佇んでた。


ある日玄関先の庭に突然咲いた花。
きれいだけれど、名前を 知らない。

■若い燕
の兄弟がじゃれ合うみたいに鋭角に飛ぶ練習を繰り返す。
その頭上には大きな翼の飛行機が、大きく空を横切っていた。

椋鳥の雛鳥が、戯れるように刈り草を啄ばみにやって来る。
広げた羽根の真ん中に、丸の斑点 がついてあり、洒落のようだが 羽織りの半纏 を着ているようだ。

■枝豆
を収穫。
猫たちは新しい首輪を収穫。


サクラは緑で ちりりんりん。


蓮ちゃんは青の ちりりんりん。


ちりりんりん、ちりりんりん…
二つの鈴の近づく音色。
涼しく、なんとも心地よく。




ジャガイモと空豆とトウモロコシと

  • 2015.06.01 Monday
  • 17:56
玄関前の野菜畑のジャガイモに花が咲いた。


収穫した空豆をもらったのを茹でて食べたら美味しかった。


この頃、気づいた癖がある。
人を待たせてしまった時や、人に何か頼み事を言った後、それ以外でも何かにつけて、「…ごめんね」と最後に一言つけることが多いのだ。

ほぼ毎日電車に乗っている。
電車の外から聞こえる車輪が線路に軋る音とそのガタンガタン…のリズムに耳を澄ます。
すると、…そのガタンガタンが、
「…なかったらごめん …なかったらごめん… なかったらごめん…」
ひと駅越したら、
「…当たったらごめん …当たったらごめん 当たったらごめん…」と聞こえてきた。
電車も俺も謝ってばかりだ。

朝の電車で座れない時、貧血気味の俺には堪える。
紛らす為には目を瞑ること。
リュックを身体の前に回し、リュックの上に肘をつき、手のひらに顎をのせる。
そうすると、立ったままでも寝れるのに気づいたのだった。


毎週日曜の稽古場が楽しい。
毎回、新しい役者が来てくれている。

同じことでも新発見がある。
また新しい挑戦もある。

稽古終わってから寄る居酒屋で、和見が動きの要素について話してるとき、「大事なのは“強さと弱さとエネルギーの総量”」と言った後、
「そうや、“愛しさとせつなさと心強さ”や」と、ぽそりと言うと、和見は困った顔をしたが、新しい子たちはちょっぴり笑ってくれた。


蛍の光が流れてる閉店前のスーパーでトウモロコシが目についた。
きらり、夏。
トウモロコシが大好きなのだ。

田植えの準備で凛とした田んぼの脇道で見上げた月は雲に隠れて怪しく光ってた。



テーブルの上、照らされたトウモロコシ、見つめてた。
うーん、うまそうだ。
囓る…うー、やっぱりうまい。
いいトウモロコシは、トゥモローも食べたいものだ。
明日の弁当のおかずに残そうかと思ってたけど、やっぱり全部食べてしまった。

いいトウモロコシで、いいトゥモロー。
トゥモロー、モロコシ。モロコシ、トゥモロー。
俺は、この夏、いったい何本のトゥモロー、いや、モロコシを食べるのだろうか?



桜とサクラ

  • 2015.04.08 Wednesday
  • 14:00
3月初め、町のあちこちで沈丁花が咲いた。蓮ちゃんが帰って来た後ぐらいだった。
沈丁花は、お家の庭や玄関先によく咲いている。歩いていて匂いが通り過ぎるときにふわぁ〜とする。ふわぁ〜としてから振り返る。振り返って姿を確かめる。
塀の向こうや生け垣に隠れ、その姿が拝めない場合もある。その匂いは何かくすぐられるように胸の奥をぢんぢんさせる。ぢんぢんするから沈丁花であるとも言える。

沈丁花には、赤いのと白いのがある。ラジオでくるりの岸田さんが「赤いのと白いのと、それぞれ匂いが違うように思える。皆さん今度確かめてみてください」と言っていたのを思い出す。
薄さ濃さで言えば、白いのが匂いがうすくちで、赤いのが濃口のように思える。赤いのが結構長いこと咲いていたように思う。

沈丁花が咲き、次いで白木蓮が咲き、そろそろ桜やなぁ、いう頃。
…桜、桜、…そういえばサクラは桜が由来であった。白雪かまたオオシマ桜といったまっしろな体で、蓮ちゃんと揃って寝ると、碁石かオセロか陰陽のマークみたいだ。

サクラは蓮ちゃんの留守中は、ぼくにべったりの甘えたであったが、蓮ちゃんが帰って来ると、入れ替わりに蓮ちゃんがぼくにべったりになり、サクラはさびしく離れていた。

いつもサクラはよく喋っていた。
餌がほしいやら、かまってくれやら、外行ってきたやら、何でもよく喋っていた。
それが蓮ちゃんが帰って来て一週間ぐらいして、ストレスだったのだろう、サクラの声がまったく出なくなった。
それでも出そうと振り絞り出るのは、か細いガマガエルの鳴き声のような情けない声。自分でもわかってるのか顔が悲しい顔になってる。

蓮ちゃんの具合に構い過ぎてたら、サクラがおかしくなってしまった。バランスが大事である。
サクラを励ますよう、小まめに話しかけてたら、だんだん声が戻ってきた。

桜が咲いた。

台所から裏庭につながる土間のあたりにサクラが出てきて喋りかける。

「日なたぼっこしよ〜」


トコトコ歩くのに、ちょっとついて行くと振り返り、

「撫でてくれ〜」と喋る。


コンクリートの地面の上に、ころころ転がるサクラが咲いた。





白木蓮と蓮ちゃん

  • 2015.04.07 Tuesday
  • 11:40
3月6日未明のこと。いつものように炬燵でうとうとしてた気怠さに目覚め、ぼんやりとベッドの方へと視線をうつすと、そこだけが夢の中のように蓮ちゃんが座っていた。
声をかけたら、こっちを見る。動いている。夢ではない。ほんとうに蓮ちゃんが帰って来た。
帰らなくなってから3週間は経っていた。ちょっと小さくなったなぁ。
餌を与えたら、しっかり食べた。
その日は満月だった。3年前にも蓮ちゃんは10日間ほど居なくなり、隣の工場の屋根の上で鳴いてるのを見つけた夜も満月だった。
月明かりが帰りたくさせるのか。または月明かりが帰る場所を照らし出すスポットライトとなるのか。

蓮ちゃんが無事帰ってきて一週間ほどはよっぽど疲れていたのだろう。よく眠っていた。
しばらくサクラは外の違う匂いをさせた蓮ちゃんをよそ者扱いして避けていた。そんなサクラの首輪がボロボロだったのもあり、サクラの首輪をノミ取り首輪に変えてやった。変えたら首輪から強烈に人工的なハーブの香りが発せられ、二匹の匂いと匂いが混じり合って、互いに気にならなくなったのか、また、いつものように仲良くなった。
時おり、今回の旅の道連れとおぼしきトラ猫がミャアミャア誘いに来たが、蓮ちゃんはさほど気にする様子はなかった。


駅前の通りがマグノリア通りになった。マグノリア、白木蓮が今年も開いた。
蓮ちゃんの蓮は、はすの花に由来する蓮であったが、3年前の家出の頃も白木蓮が咲く前に帰って来たし、今回も白木蓮が咲く前に帰って来れた。
蓮ちゃんの蓮は白木蓮に縁があるように思えてきた。


ある日そういえば蓮ちゃんが布団に来ずにやたらと台所の棚の上や椅子の上で寝てるなぁと気になって、蓮ちゃんを見ると、おびえた顔して右耳を隠すようにしている。見ると、耳朶に血が滲んでいる。離れて治そうとしているのだろう。
いつものカリカリの餌以外に、猫缶や切り身などを小まめに加えて与える。
またサクラは蓮ちゃんの耳が血の匂いをするのを嫌い、くんくんしてはフガァーと怒っている。きっとそんなサクラから離れようと黙っているのだ。蓮ちゃんは。

一週間ほど経つと、耳朶の匂いもしなくなったのか、サクラが時々耳を舐めてやっている。でも、やっぱり痛いのか、蓮ちゃんは逃げていく。
そんな蓮ちゃん。耳を怪我してから、えらくひょこひょこ歩くなぁ、何かレーダーが壊れてバランスとれないのかなぁ、と心配してたが、原因がわかった。
右前足を怪我してるから、バランスがとれないのだ。

あったかくなって、また寒くなった。
台所でさみしくさせておくわけにはいかないので、部屋でストーブを点け、その前に蓮ちゃんを誘導し寝させる。肩や背中を揉んでやったり、身体をさすってやると楽になるらしい。
ぼくもこの頃、膝の靭帯が具合悪く整骨院に行ってるので気持ちがよくわかるのだ。





二月のVOGA

  • 2015.03.03 Tuesday
  • 05:24
二月。
VOGAにとってイベントや出演が多く、収穫が大きかったなあと思う。


2日、ラジオ出演。
落ち着いてたけど緊張してたなぁ。
番組中、谷川俊太郎さんの詩を二編読んだ。


(写真はパーソナリティを務めるryotaroさんが撮影)
音声はyoutubeでもupされている。「Urラジオ」で検索すれば出る。



家の猫の蓮ちゃん(写真、左)が家出してしまった。帰ってもさみしかったなぁ。
まだ帰って来ない。
しかし、もう半月くらい経つので達者で暮らしてると思うようにしている。


稽古に励む。
窓から、雪の大文字が見える稽古場の時もあり、いつものメニューのあえいう音頭も景色を眺めながらで乙なものになる。



Vector上映会。
盛況で何よりだった。
いつも頼もしい甲田君が整音、会場でpcからの映像出し、音響してくれたおかげで臨場感たっぷりだった。

大きな舞台の魅力がなかなか映像に納まりきらない部分もあるのだが、アップは会場からも見えない角度でもあるので、お客さんにも我々にもお互いに新発見である。
共に舞台に出た関係者とも再会があった。


大大阪舞台博覧会で15分の短編「Who」を上演した。
芸術創造館の空間でもっとやりたい気分になるくらい熱くやれた。

会場でのリハーサルの写真。
前の三人は草刈り鎌を持っている。小道具の草刈り鎌はぼくが作った。
劇団員のみの公演で、みんなしっかりがんばったが、今回は特にうめいまほの魅力がくっきり出てぼくも嬉しかったなあ。




2月最後の日。
火だるまほんやら洞支援チャリティーイヴェントに出演した。
火事で無くなってしまったほんやら洞。
2009年の暮れに、ぼく自身の一時休止から再出発の第一発を弾き出す意味を込めての独演「弾キ鐡」をさせてもらった場所である。
その、ほんやら洞。その名の由来ともなったつげ義春「ほんやら洞のべんさん」をたった一人で朗読した。
満場の空間でお客さんが静かに聞き入ってくださった。あと5分縮めるテンポアップと、もう半歩前へ出る気持ちで良くなったなぁと思う。
写真はFacebookのこのイヴェントページで色々アップされてるのでご覧ください。甲斐さんは前向きで元気だ。


以上、VOGAの二月だった。
稽古も引き続き、週一だが濃く激しく行っている。
18歳の新人さんが今は二人、稽古に参加している。
稽古終わりに話してて、冗談交じりだが彼女らから「親父さん」と呼ばれることになった。
さて、三月もVOGA、活気づいていきたい。

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