Kの脳髄

  • 2006.07.30 Sunday
  • 11:29
そう、あれは、寒い冬の黄昏時だった。
夕陽を横目にひた走るK電車K特急「D町柳行き」車中に、一人孤独な紳士Kが居た。
Kは家路を辿ろうと、遠い山の景色を眺めながら座席窓際に座っていた。

K特急が、「C書島駅」あたりを通過する頃だった。
Kは奇妙ないでたちをした二人の少女に遭遇した。
「ルー、ルールー....」と、車両の通路を奇妙な合図で会話しながら歩いてくる二人の姿に、他の乗客は無関心なのか?どうなのか、定かにあらず。
「はっ、未来、少女?!...」と、Kはふと呟いた。

二人の少女は、Kの前に立ち止まると、Kに小さな風呂敷包みを差し出し、声を揃えてこう言った。
「コレはある方から貴方様への贈り物です。どうか、私たち共々お側に置いてくださいませ」

Kは、戸惑いながらもそれを受け取り、その風呂敷包みをヒモ解いた。
中身は、「死刑宣告」という題名の大正14年初版第1刷の古ぼけた詩集が一冊と、何やら謎めいた瓶詰が、ひと瓶あった。
瓶詰の蓋に小さな文字の張り紙があり「恭次郎の脳髄」と記されていた。
目を凝らしてみると瓶の中に灰白色の物質が液体に漬かりプカプカ浮いており、確かにそれは人の脳髄のようだった。

調べてみると恭次郎とは、大正時代の詩人・アナキスト倏觚橋骸]此瓢瓩了であった。
1899年(明治32年)に産声をあげ、1938年(昭和13年)没するまで、詩芸術の革命を未来に向け、過去の一切の概念を放棄し、社会の矛盾を突いた破壊と否定のメッセージを飢餓と貧困に直面しながらも、ひたすらに描き続けた40年の生涯を駆け抜けた人物であった。

このK特急車内での時空を越えた恭次郎との奇妙な邂逅を果たしたK。
二人の少女はその日を境にKの給仕人となり、それぞれに「天ぷら子」、「片栗子」と命名された。
そして、恭次郎の脳髄を受け取った彼は、前世が恭次郎であったのだろうか?
まるで恭次郎がK自身にタイムスリップして再生したかのように、恭次郎の生きれえなかった未来、つまりこの平成現代を、詩集「死刑宣告」をバイブルの如く、胸に抱き、Kは今日も町を歩み、進む。

彼の名は、ずばり、K。人呼んで怪紳士K。
今、彼は二人の未来少女を従えて、K特急をS条駅で下車、ギター弾きのT氏と、ハーモニカ吹きのY氏と、Kも川の橋のたもとで、ごく自然に落ち合い、ごく自然にここK屋町へやってきた。

さてさて、怪紳士Kとアルハベッツ、今夜もホロ苦い紳士達の愉快な語らいがどうやらはじまる様子だ。

 
 〜「Kの脳髄(7.30アバンギルドライブより)」





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