桜とサクラ

  • 2015.04.08 Wednesday
  • 14:00
3月初め、町のあちこちで沈丁花が咲いた。蓮ちゃんが帰って来た後ぐらいだった。
沈丁花は、お家の庭や玄関先によく咲いている。歩いていて匂いが通り過ぎるときにふわぁ〜とする。ふわぁ〜としてから振り返る。振り返って姿を確かめる。
塀の向こうや生け垣に隠れ、その姿が拝めない場合もある。その匂いは何かくすぐられるように胸の奥をぢんぢんさせる。ぢんぢんするから沈丁花であるとも言える。

沈丁花には、赤いのと白いのがある。ラジオでくるりの岸田さんが「赤いのと白いのと、それぞれ匂いが違うように思える。皆さん今度確かめてみてください」と言っていたのを思い出す。
薄さ濃さで言えば、白いのが匂いがうすくちで、赤いのが濃口のように思える。赤いのが結構長いこと咲いていたように思う。

沈丁花が咲き、次いで白木蓮が咲き、そろそろ桜やなぁ、いう頃。
…桜、桜、…そういえばサクラは桜が由来であった。白雪かまたオオシマ桜といったまっしろな体で、蓮ちゃんと揃って寝ると、碁石かオセロか陰陽のマークみたいだ。

サクラは蓮ちゃんの留守中は、ぼくにべったりの甘えたであったが、蓮ちゃんが帰って来ると、入れ替わりに蓮ちゃんがぼくにべったりになり、サクラはさびしく離れていた。

いつもサクラはよく喋っていた。
餌がほしいやら、かまってくれやら、外行ってきたやら、何でもよく喋っていた。
それが蓮ちゃんが帰って来て一週間ぐらいして、ストレスだったのだろう、サクラの声がまったく出なくなった。
それでも出そうと振り絞り出るのは、か細いガマガエルの鳴き声のような情けない声。自分でもわかってるのか顔が悲しい顔になってる。

蓮ちゃんの具合に構い過ぎてたら、サクラがおかしくなってしまった。バランスが大事である。
サクラを励ますよう、小まめに話しかけてたら、だんだん声が戻ってきた。

桜が咲いた。

台所から裏庭につながる土間のあたりにサクラが出てきて喋りかける。

「日なたぼっこしよ〜」


トコトコ歩くのに、ちょっとついて行くと振り返り、

「撫でてくれ〜」と喋る。


コンクリートの地面の上に、ころころ転がるサクラが咲いた。





白木蓮と蓮ちゃん

  • 2015.04.07 Tuesday
  • 11:40
3月6日未明のこと。いつものように炬燵でうとうとしてた気怠さに目覚め、ぼんやりとベッドの方へと視線をうつすと、そこだけが夢の中のように蓮ちゃんが座っていた。
声をかけたら、こっちを見る。動いている。夢ではない。ほんとうに蓮ちゃんが帰って来た。
帰らなくなってから3週間は経っていた。ちょっと小さくなったなぁ。
餌を与えたら、しっかり食べた。
その日は満月だった。3年前にも蓮ちゃんは10日間ほど居なくなり、隣の工場の屋根の上で鳴いてるのを見つけた夜も満月だった。
月明かりが帰りたくさせるのか。または月明かりが帰る場所を照らし出すスポットライトとなるのか。

蓮ちゃんが無事帰ってきて一週間ほどはよっぽど疲れていたのだろう。よく眠っていた。
しばらくサクラは外の違う匂いをさせた蓮ちゃんをよそ者扱いして避けていた。そんなサクラの首輪がボロボロだったのもあり、サクラの首輪をノミ取り首輪に変えてやった。変えたら首輪から強烈に人工的なハーブの香りが発せられ、二匹の匂いと匂いが混じり合って、互いに気にならなくなったのか、また、いつものように仲良くなった。
時おり、今回の旅の道連れとおぼしきトラ猫がミャアミャア誘いに来たが、蓮ちゃんはさほど気にする様子はなかった。


駅前の通りがマグノリア通りになった。マグノリア、白木蓮が今年も開いた。
蓮ちゃんの蓮は、はすの花に由来する蓮であったが、3年前の家出の頃も白木蓮が咲く前に帰って来たし、今回も白木蓮が咲く前に帰って来れた。
蓮ちゃんの蓮は白木蓮に縁があるように思えてきた。


ある日そういえば蓮ちゃんが布団に来ずにやたらと台所の棚の上や椅子の上で寝てるなぁと気になって、蓮ちゃんを見ると、おびえた顔して右耳を隠すようにしている。見ると、耳朶に血が滲んでいる。離れて治そうとしているのだろう。
いつものカリカリの餌以外に、猫缶や切り身などを小まめに加えて与える。
またサクラは蓮ちゃんの耳が血の匂いをするのを嫌い、くんくんしてはフガァーと怒っている。きっとそんなサクラから離れようと黙っているのだ。蓮ちゃんは。

一週間ほど経つと、耳朶の匂いもしなくなったのか、サクラが時々耳を舐めてやっている。でも、やっぱり痛いのか、蓮ちゃんは逃げていく。
そんな蓮ちゃん。耳を怪我してから、えらくひょこひょこ歩くなぁ、何かレーダーが壊れてバランスとれないのかなぁ、と心配してたが、原因がわかった。
右前足を怪我してるから、バランスがとれないのだ。

あったかくなって、また寒くなった。
台所でさみしくさせておくわけにはいかないので、部屋でストーブを点け、その前に蓮ちゃんを誘導し寝させる。肩や背中を揉んでやったり、身体をさすってやると楽になるらしい。
ぼくもこの頃、膝の靭帯が具合悪く整骨院に行ってるので気持ちがよくわかるのだ。





二月のVOGA

  • 2015.03.03 Tuesday
  • 05:24
二月。
VOGAにとってイベントや出演が多く、収穫が大きかったなあと思う。


2日、ラジオ出演。
落ち着いてたけど緊張してたなぁ。
番組中、谷川俊太郎さんの詩を二編読んだ。


(写真はパーソナリティを務めるryotaroさんが撮影)
音声はyoutubeでもupされている。「Urラジオ」で検索すれば出る。



家の猫の蓮ちゃん(写真、左)が家出してしまった。帰ってもさみしかったなぁ。
まだ帰って来ない。
しかし、もう半月くらい経つので達者で暮らしてると思うようにしている。


稽古に励む。
窓から、雪の大文字が見える稽古場の時もあり、いつものメニューのあえいう音頭も景色を眺めながらで乙なものになる。



Vector上映会。
盛況で何よりだった。
いつも頼もしい甲田君が整音、会場でpcからの映像出し、音響してくれたおかげで臨場感たっぷりだった。

大きな舞台の魅力がなかなか映像に納まりきらない部分もあるのだが、アップは会場からも見えない角度でもあるので、お客さんにも我々にもお互いに新発見である。
共に舞台に出た関係者とも再会があった。


大大阪舞台博覧会で15分の短編「Who」を上演した。
芸術創造館の空間でもっとやりたい気分になるくらい熱くやれた。

会場でのリハーサルの写真。
前の三人は草刈り鎌を持っている。小道具の草刈り鎌はぼくが作った。
劇団員のみの公演で、みんなしっかりがんばったが、今回は特にうめいまほの魅力がくっきり出てぼくも嬉しかったなあ。




2月最後の日。
火だるまほんやら洞支援チャリティーイヴェントに出演した。
火事で無くなってしまったほんやら洞。
2009年の暮れに、ぼく自身の一時休止から再出発の第一発を弾き出す意味を込めての独演「弾キ鐡」をさせてもらった場所である。
その、ほんやら洞。その名の由来ともなったつげ義春「ほんやら洞のべんさん」をたった一人で朗読した。
満場の空間でお客さんが静かに聞き入ってくださった。あと5分縮めるテンポアップと、もう半歩前へ出る気持ちで良くなったなぁと思う。
写真はFacebookのこのイヴェントページで色々アップされてるのでご覧ください。甲斐さんは前向きで元気だ。


以上、VOGAの二月だった。
稽古も引き続き、週一だが濃く激しく行っている。
18歳の新人さんが今は二人、稽古に参加している。
稽古終わりに話してて、冗談交じりだが彼女らから「親父さん」と呼ばれることになった。
さて、三月もVOGA、活気づいていきたい。

ナウ!

  • 2015.01.29 Thursday
  • 18:45
冬らしくやや冷えた日。
昼は稽古に出た。正確に言うと朝から出かけた。
烏丸だった。電車でもぴゅっといける。昼の稽古はいいな。終わってから時間にゆとりがある。みんなでランチした。和見の先導でついていくと大人数でもゆったり座れる穴場みたいなカフェであった。店員さんもスマートだな。スマートで思い出したが劇団員全員スマートフォン、iPhoneになった。
みんなでランチ、こういう時間も大事だな。まぁ、だいたい稽古終わりはみんなでO将行ったりしてるか。でも、こういうカフェでランチ。みたいなのもたまにはいいな。

稽古でいろいろと新しい動きに挑戦してる。今日は、通称「ウインウイン」や通称「カッカッカッ」という動きの新たな方針が見えた。できたらいいなぁ。
苦しい「かかとグーパー」をやりながら、頭の中は昨日DVDで観た「映画 中村勘三郎」の厳しい稽古風景や早変えに走り回ったり語る勘三郎さんの眼差しの澄んだ目を時々思い出してた。新しい動きに挑むとき、勘三郎さんの稽古のように、型をつくる気持ちで動いていたい。
しかしながら身体のあちこちがかちかち山だ。カチコチになっていやせんかいナウ?
ナウは、Twitterでよく使われ知られる用語だが、文楽を観てたら、義太夫が泣き叫ぶように、ナウ〜!と時々言うのを、おもろいなぁ思ってたので使ったナウである。
ともあれ、柔らかく身体が動かせんのである。身体のコリや歪みからくるものと、その司令塔である脳の柔らかさ不足からくるのと同時にあると思う。
もっと脳をやわらかくして身体をコントロールしないと。
ノウを軟化させよう、と言うと、こわい病気の名前みたいやねイヤあね。しかし、そんなのんきな気分でなく、ノウ、なんかしよ〜よ〜!ナウ、ナウ、ナウ〜!と泣き叫びたいくらいなのである。

帰りに本屋の健康コーナーで、脳もやわらかに身体を動かそう、というエクササイズの雑誌があり、ぱらぱら見てると、以前ダンサーのMさんの誘いで一日体験してみたものだった。じっくり目を通して見たいなあと気になったので、同じく気になり手に取ってた売上げ好調と評判の文學界と、面白そうな筒井康隆の文庫本と、みんな一緒に購う(あがナウ)。

夕刻、部屋に帰り、KBS京都のニュースでほんやら洞の特集があるのを甲斐さんがFacebookで言うてはったのをふと思い出し、たまたまテレビの前に居たので見た。

焼け焦げた跡から、煤だらけのノートを掘り出し、燃えカスにならずきれいに文字が読めるページを見つけて開く甲斐さん。
「誰々からの手紙が残ってたわ。これはお宝や」と嬉しそうに言う甲斐さん。
キッチンから使えるグラスを選別し八文字屋のカウンターに移動させる甲斐さん。

特集VTRの最後に甲斐さんが言う。
「ほんやら洞を知ってる人は『あー、最近行ってないなぁ、行こうかぁ思ってたのに、ああ焼けちゃったなあ…』と思ったでしょうねぇ。ボクは日記もフィルムもなくしてしまったけど、無くなってしまったからこそ、『もっぺん記憶を掘り起こす』ことができた。ほんやら洞を思ってくれてた人と、もっぺん記憶を掘り起こす、そんな機会になったんちゃうかなあ…』
人を楽しませようとするカラッとしたいつもの口調の甲斐さんの声は、未来に向かう声やと思った。

途中のVTRで甲斐さんが八文字屋でお客さんと談笑してる場面がありカウンターの中の壁に「SILVER30」のチラシが貼ってあったのが映った。

2010年、「SILVER30」の前まで、ぼくはしばらく休止してたが、その復帰表明の意味もこめて、ソロ舞台「弾き鐵」をやらせてもらったのがほんやら洞だった。
「SILVER30」は2月で、「弾き鐵」をやったのが前の年の暮れのクリスマス直前で、本番前の仕込みとリハに前日の夜、ひとり、ほんやら洞に泊まり込みさせてもらった。夜中に何度か缶のほうじ茶を求め自販機に行って、ほうじ茶がほんまに温かったのを覚えてる。

その前に、ほんやら洞の大掃除を手伝った。
(参考までに、当ブログ アーカイブから2009年10月19日「おお!掃除」に記されてある。)


天気のよい日だった。
その時一緒に掃除したIさんに、返信することがあり、ついでに「ふと、ほんやら洞の大掃除の時の写真を最近見たんですが、Iさん、あの時髪短くて精悍でしたね」とメールした。
その日の夜、磔磔でライブを聴いた後、その余韻でぶらぶら歩いて木屋町に辿りつき、アバンギルドに寄り、時間は瞬く間に過ぎ終電を逃した。
木屋町通を下がり、歩きながら、八文字屋のあるビルの前で、八文字屋寄ろかなぁ、甲斐さんひとりかなぁと頭を過ぎり迷ったが、懐寒いしなぁと、結局寄らずに通り過ぎた。
懐は寒いけど、なんや今日はそんな寒ないし、歩いて帰ろかなぁって、滅多に起こらん発想がわいて、よし!と何時間くらい歩いたのかわからないが、桂川がようやく見え、越え、何とか歩いて帰ったのだった。
そんな滅多にせんことしたその明け方、コタツでうとうとしてたらほんやら洞が火事になったと聞いた。
聞いてから、言葉がでなくて、しばらく心臓がばくばくしてた。

いまだにほんやら洞の前は通れないし八文字屋で甲斐さんに何て言うたら…と寄れないままでいた。
Facebookを通じて甲斐さんのご様子は伺い知れるし、今日はニュースの映像で姿を見れ、声を聞け、やっと何か安心したような気持ちになれてきた。

また、1月は4日から風邪をひき、年末に痛めた足の付け根がずっと痛く走ることができず、後半は、ほんやら洞の火事を聞き、ぽっかりしたような落ち着かない気持ちのままで、寝違えたみたいに首を痛めたり、そんな平行線で日々が過ぎてたが、今日いま頃になり、ようやく調子が戻せそうな予感がしてきた。やはり気の持ちようなのだ。
2月はラジオ出演、上映会、短編公演と忙しくなるのだ。ますます整えていかねばと思うのだ。

しかしながら、部屋に居ると外からの隙間風がシンシンする。首にスカーフを巻きマスクをしながら寝ようとしながらも寒くて寒くて寝れないナウ!

真っ白から

  • 2015.01.02 Friday
  • 08:03
迎春

2015年=平成27年である

例年通り 1、2日は T国ホテルで 餅つきのステージ
毎年のことでほぼ10年近くここでステージをさせてもらえている

客席前列付近は毎年ここに宿泊してお正月を迎えるご家族が座っている
すっかり顔馴染みの子どもたち
年々背が大きくなってるのに気づく
かぶりつきで見てくれて参加コーナーではどんどんステージに上がり積極的についてくれる
ぼく自身がこんなにたくさんの子たちと触れ合えるのも一年でこの時くらいである

餅つきの前に獅子と大黒さまが会場を練り歩く
今年100歳になる車椅子のおばあちゃんが涙を流して獅子を拝んでいたと後で聞きジーンとした






何年ぶりだろうか
この降り積もる雪景色を見るのは

街灯に照らされて白が強調された路地は まるで映画のセットのようである

寄り道して駅前のいつもの店でひとり食した
レジに立ったいつも笑顔が印象的な店員さんが微笑みながら
「雪が降っておりますのでお気をつけてください いつもありがとうございます」
とやさしい声をかけてくれた

話したことなどないのだが
「今年もよろしく」
とか気の利いたことが言えたらいいのに
「どうも」
と小さくしか言えなかった


外へ出る
そのやさしい言葉の余韻がしみるのか
一面の景色が胸にしみるのか 涙溢れ出させて歩く道

真っ白だ…

真っ白だ…

道が
こんなにも
真っ白だ…



寺の横道
頭の中は
中村雅俊の「ふれあい」と
中原中也の「汚れちまった悲しみに」を同時に思い出してた…


悲しくて
美しい道に
出会うとき
あの人を思い出す…

汚れちまって がぎぐげご
ハッピを羽織ってニューイヤー

汚れちまって だぢづでど
ハッピーちゃうけどニューイヤー

人はみな ひとりでは
生きていけない
ごめんなさい

汚れちまって ごめんなさい
ハッピーちゃうけど入〜浴〜



二日間のステージを無事に終え
実家に寄る

録画してた 紅白歌合戦を見る

かっこよかった 天童よしみ
ハツラツとした 神田沙也加
大味やけど全体を盛り上げる TOKIOの長瀬
鼻声やけど力強くでかい 和田アキ子
思いのこもった 薬師丸ひろ子
親近感ある曲紹介する キムタク
今 という時間がある審査員の タモリ
すべてが自然でノンフィクションな 吉高由里子
彼女を精神的サポートする 仲間由紀恵
不思議に目立つ 有働アナ
バックライトで太もものシルエットを見せつける 長渕剛
ズームアップを拒否し空間の美と余韻に膨らみをもたらす 美輪明宏

それらの点に感慨深さを感じた


実は
クリスマス前くらいに不注意からビルの屋上の現場でつまづいて転け左脚付け根を負傷していた

ひそかに餅つきでは痛み止めの薬でしのいでた

克服し今年は朝走ったりしたいから
ランニングシューズがほしいと思う

靴屋で
アディダス ナイキ リーボック いろんなシューズを試しに履いた
無駄の無い動きでアドバイスをくれる店員と妹に手伝ってもらいながら結局
ニューバランスのシューズを購う

ニューバランスが
足の負担を補いつつ
足を包む

雪解けの真っ白な地面
転けぬよう

新しいバランスで
踏み出し
歩く





見果てぬ夢

  • 2014.11.14 Friday
  • 20:20

朝 I駅に降りた
時間があったので珈琲でモーニングした
mapで確かめながら歩いて現場のマンションに着いた
屋上に上がった
360度青い空
昼にひとりで寝そべった
水のないプールでぷかぷか浮かぶ心地がした



夕刻 I市に来たらいつも寄る立ち呑み屋Hに入った
湯割りとおでんをまず頼んだ
梅干しかレモン入れますか?
梅干しを入れてもらった

コの字のカウンター
いつもの恰幅のいい藤山直美みたいな女の人が切り盛りしてる
お兄ちゃん はいお待たせ
と言うてくれた

ひとりで来るおっちゃんが主な客層
憩いと安らぎのひととき
演歌が流れてる
森進一の若い頃のブルースがおでんの味と共に沁みていた

清酒男山を呑んだ
男山を思いだしながら

まっすぐ帰らず実家のある駅に向かった

電車を降りて 駅前でワゴン車の中でおばちゃんがやってるたこ焼きを土産に贖った

エレカシの「見果てぬ夢」を鼻唄に歩いてた










この町の
信号や街灯や
光りが
何処よりもきれいに
滲んで見えるのは
何故だろう

見果てぬ夢を追い求め
追い求め
歩く

光りと
影と
帰り道




朝の空

  • 2014.11.06 Thursday
  • 20:51

用意しようと重ねられた箱が並んでる
見られてはいけない衣装をカーテンや布で隠す
開催まで まだ二週間はあるはずなのに間違えてか人が集まってきたのだ
集まりはまだですよ と言う前に もう わあわあ話しかけるから こっちも今日がその日になっちゃったつもりで答えてしまい困ったことになったと思う
しかし この不意に来た人が 開催までにまだいま足りない何かを教えてくれてるような気がしてくる
その人が望むことに注意深く耳を澄ますと 満ち足りた その日を迎えることができるかなと考える…
そんな夢を見た

闇に 染み入る地面の音
小さな穴に穿つ雨に似た音
その音を聞きながら この身体を奮い起こす

久しぶりに着た作業着
久しぶりのぼくがいる

ニヒルな二匹に 行ってきます
Jフルの駐車場あたり
まっすぐ上に朝の空
まっすぐ宝石みたいに浮かぶ月
胸いっぱいに空気を吸って
まっすぐ一歩を進み出す

空気を吸って その角曲がる

まだ
知らないぼくを
追いかけるように

空気を切って その角曲がる

もっと前へ

  • 2014.11.01 Saturday
  • 02:09
部屋の中
ラジオから サン・サーンス「白鳥」
清らに流れる チェロの音色

次に
シューマン「トロイメライ」
ユラ~ ユラ~ とろけるような
とろ~い めらい 暗~い思いは 揺れてユラ~
とろ~い めらい 明る~いミラーに 映ってユラ~

公演 終わってバタバタと
知人の結婚披露宴で 司会と獅子舞して
いま 現場作業員してシャバに戻ってシャバダバダ~
私には 非日常も日常も もはやないような気がする
月曜~金曜までの平日と 土曜日曜の休みの日は わずかに区別はするものの
非日常の中の~日常を 日常の中の~非日常を
流れの~ままに 生きてる
トロイメライ 明るい未来に 変わるといいなぁ~

現場に新しいひとが加わった
気難しさが一切なく 私に 単純に話しかけてくる
吉岡秀隆に似てるね~とか えっ!役者やってんの~ どんな~ん?ミュージカル? 歌舞伎? 花もらったり 一万円札懐に入れてもらったりするの?
と 矢継ぎ早に質問しながら 大衆演劇のような舞台に立つ私をどうも想像してるらしいけど

今度見に行きたいな~ 行っていい?
ほんとに素直に聞こえたから

はい!見に来てください!
ほんとに来てほしいなぁ~思って言うた


静かな 静かな 夜の中
窓辺から 虫の声
雨の中から 滴る音
膝の上から 猫の声 にゃあ~


私は もっと 前へ 出たい
力を込めた一歩で ぐっと 前へ
もっと~ぐっと
もっと~ぐっと 前へ 出たい
突き出たいなぁ~

ひとの心

  • 2014.10.30 Thursday
  • 02:01
公演 無事終わりました。
改めてご来場いただき 有り難うございました。
スタッフ・演者の皆さん お疲れさまでした。

できなかった 足りなかったことを忘れぬうちに次回に向け 意欲的で在りたいと思います。

しかしながら未だに舞台の夢を見ます。
先日は だいぶ奇妙なエンディングで幕切れする舞台の千秋楽の夢。その続きは間髪いれずに又初日を迎える夢。一本脚のイントレに登ったはいいけど降りれず怖くて おーい助けて〜と叫ぶ夢。
舞台が終われど まだ夢の途中だという現れなのだと思います。


今回 当日パンフレットに載せた文章を載せておきます。来れなかった方も会場を訪れた想像をしてみて下さい。


VOGA「Vector」公演 ご観劇の皆さま

本日、ここ石清水八幡宮 野外特設舞台に至るまでの道のりでは、赤や黄色に舞い散る落ち葉を目に浮かべながら、また野鳥のさえずりや虫の声に耳傾けながら、この男山の石段を息弾ませて歩いて登られたのでしょうか。
あるいはケーブルカーでびゅんとお越しいただいたのでしょうか。
ゆっくりと本殿へ参拝なさったり、展望台から木津川を中心に広がる景色を眺めたり(時代劇のロケ地で有名な流れ橋も見えるはずなのですが台風で流されたままだそうです)、ここ石清水八幡宮の竹が白熱電球のフィラメントとして使われたことに由来するエジソンの石碑を見たりされたでしょうか。

今、皆さまの頭の上の空は、果たして晴れてくれてるでしょうか?
月はあざやかに出ているでしょうか?
星が静かに瞬いているでしょうか?
風はそよと吹いてるでしょうか?寒くはないでしょうか?
この文を書く今の私は天気に恵まれることを祈るばかりです。
何だか手紙を書いてるようですね。

手紙を書く。「誰かに手紙書くみたいに文章を書け」と、若い頃に師匠に云われたことはずっと大事にしています。
舞台に立っていますと、どこか未来の自分に対して手紙のようなメッセージを送信している心持ちがすることが度々あります。
そして、今いる私が過去の私からのそのメッセージをふいに受信する心持ちを覚えることも度々あります。あるような気がします。

五感に多くの刺激を及ぼす野外舞台という空間には、記憶の底から立ち上がる風、未知の風が、運ばれてくるような心持ちになることがあり、そこに大きな強い力を感じます。
「運ぶ方向の先に生み出す力」野外舞台はまさにベクトルそのものと言えるのではないでしょうか。

私は 、「ひと」というものでありながら、まだ 「ひと 」に戸惑ってる、ためらう気持ちが強くあります。自分や他人の間に通ずる「心」が未だわからぬ未熟者です。
舞台に立つ私たちと、観てくださる皆さまとの間に、「ひとの心」がひかりのように見えること 通い合うこと を追い求め、私は、私たちは、力の限り、舞台に立ちます。
今回は野外舞台は初めてだという若い子を含め、たくさんの演者たちと共にこの舞台に立ちます。
誰かは、「ああ空気が美味しい」と笑顔でいいます。また誰かは、「ああ舞台の上に月が上っててテンション上がるなぁ」と喜びを浮かべます。何かにつけ「わぁ〜」と気持ちが高まります。
私は「ああ、そうやねぇ、…甘酒が飲みたいねぇ」と答えます。

このように私たちが舞台に挑めるのも、支えてくれるスタッフの協力あってのことです。演者の私たちは舞台で恩返しをせねばなりません。
そして何よりの仕合わせは、この野外空間で舞台が実現出来ることです。
石清水八幡宮の方々には、あたたかいお心遣いとお力添えを賜わり、感謝で胸がいっぱいです。

本日はご来場いただき、ほんとうに有り難うございました。
どうぞ最後までじっくりとご覧ください。


VOGA座長 草壁カゲロヲ

深呼吸

  • 2014.10.20 Monday
  • 12:34
男山山上に着いたなら まず深呼吸することをおすすめする
染み入る空気は 都会のそれとは違い きっと純粋な濃度であろう


竹の切り口に溜まった雨水は神水と言う
竹林の中で 少しぺろりと舐めてみた
ちょぴり甘い石清水


泣いても笑ても千秋楽
最後の最後の最高の千秋楽が迎えれるよう八幡さんにお詣りしよう

雨がややぱらついてるが
どうぞ
晴れ晴れと
男山で会いましょう!



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